むち打ちによる姿勢外乱(IAFNR報告2)

この記事はIAFNR 3rd Annual ConferenceにてKlotzek, D.C.によってプレゼンされた「Postural Disturbances associated with Whiplash injuries to the cervical spine」と参考文献1に提示された論文をもとに書かせていただきました。

THM!!(一般の方向け)

交通事故によって、首を痛めてしまう方は多くいます。骨折や脱臼までいかずとも、長期間にわたって痛みを抱えてしまう人、首の痛みだけではなくめまい、ぼんやり感、バランス感覚の消失、倦怠感、集中力の低下、首の凝り、視力障害など、むち打ち後に様々な症状で悩む人は少なくありません。事故にあったとき、まず医療機関を受診し、骨折など起きていないか調べる事はとても重要です。しかし筋肉を痛めているだけだとか、何も問題ありませんだとか、鎮痛剤などを処方されるだけのケースがよくあります。むち打ちでは、首の構造が不安定になってしまい首の関節にあるセンサーから脳へ送っている位置情報が乱れてしまうケースがあります。むち打ちなどによる首からの位置情報の乱れは、脳の問題につながる可能性があり、めまいや集中力低下など、様々な問題のを引き起こす可能性があります。

むち打ちなどの事故後は首の構造の変化、さらにそこから起こる脳の機能低下など調べ、首からの位置情報を正しくすること、機能低下を引き起こしてしまった脳のリハビリなどが有効かもしれません。(*5)

もっと詳しく知りたい方、または医療従事者向け

Overview:

交通事故により頸椎を怪我する人々は数多くいます。これらの多くの人々はその後、様々な痛みを訴えます。痛みの他にも、めまい、ぼんやり感、バランス感覚の消失、倦怠感、集中力の低下、首の凝り、視力障害などの症状が現れる事があります。これらむちうちに関連した障害(Whiplash Associated Disorders, WAD)は、事故後も長期間継続する可能性があり、さらなる身体的な障害への発展する危険性も秘めています。医療従事者は、WADの患者さんを治療する際、頸椎の姿勢コントロールにつながる神経学的なメカニズム、むちうちがどのように体細胞構造を損傷させ、姿勢を司る中枢神経、末梢神経に影響を与えるかという点を検査し、把握する必要があります。

Introduction:

WAD,むち打ちのような怪我の後によく見られる症状の例として以下のようなものがあります。

  • めまい
  • バランス感覚の消失
  • 不安定感
  • 視力障害
  • 痛み

痛みやこれらの症状の回復には数週間から数ヶ月かかるとされていますが、約12-40%の人は引き続き何らかの症状を長期的に抱えてしまうことが報告されています。(2)

姿勢の維持には、視覚、前庭、体性感覚入力をうまく調整、統合し、正確に筋肉をコントロールする必要があります。むち打ちのように頸椎へのダメージを与えてしまうと、筋紡錘や関節の機械的受容器からの正常な固有感覚(Proprioceptive input)(*1)に異常な変化を起こし、結果として、慢性的なめまいや不安定感(首の痛みが無くなったあとも)とつながってしまう可能性があります。頸椎に対して、構造的な変化をもたらす衝撃や怪我は潜在的に、Cervico-vestibular mismatchを起こし、酔ったときに起きるような感覚、通常な感覚に障害をもたらす可能性があります。

Articular Neurology

首、頸椎からの求心性神経(首から脳への情報を伝える神経)にはとても多くの目的地があります。(前庭神経核、小脳、視床、上丘、大脳皮質など)頸椎の固有受容性(proprioceptive)の情報は、主にC1-C3から、前庭器からの情報とともに、前庭神経核に届きます。頸椎から上丘(superior colliculus)と前庭神経核(vestibular nuclei)への求心性神経は、首が動いているときの焦点を定めるためにとても重要な役割を果たしています。また、Cervicocollic reflex (*2)とCervico-ocular reflex (*3)は、頸椎からの求心性神経によって起きる反射機能です。さらに、頸椎の固有受容性の情報は姿勢のコントロールとともに、空間的定位を調節するのに重要な役割を果たしています。(3)

Effects of Nociception

侵害受容繊維(nociceptive fibers)(*4)が刺激されるとき、固有受容性の情報が正常に伝わらず、歪められてしまう可能性があります。(5)動物実験の結果では、首の筋肉、関節に存在する侵害受容器が刺激されるとき、頸椎からの固有受容性の求心性情報に大きな変化が生じることを報告しています。(6-7)この痛みが存在するときに固有受容性情報が乱されてしまうという理論は、他にも筋肉の痛みが親指の位置情報を乱す(8)、足首に痛みの刺激を送ったとき足首からの固有受容性情報が減少(9)などの研究結果がその可能性の高さを示しています。痛みによって固有受容性情報に変化が生じる原因としては、侵害受容器が刺激されるとき筋紡錘(muscle spindle)の刺激感応性の低下が起きる、または運動/感覚神経システム間のニューロン間(spinal interneuronal integration between the motor and sensory sytems)の閾値に変化が生じることが提唱されています。(8-9)固有性情報の変化、運動出力の変化は脳の感覚運動皮質(sensorimotor cortex)に神経可塑性的な変化をもたらすことが報告されています。(10-12)

痛覚(nociception)と痛み(pain)は異なります。痛覚は外傷などの侵害刺激によって侵害受容器が刺激され、細胞膜のNa+透過性が上昇、脱分極が起こり起動電位が閾値を超えたとき、インパルス(活動電位)が発生するという一連の神経伝達の現象のことを言います。痛覚は結果として主観的な痛みとして知覚されることが多々あります。痛みは「実際または潜在的に組織を損害させることで発生する嫌な/不愉快な感覚、感情的な経験」のことを言います。

この2つの違いは実は重要で、特に今回のむち打ち症状のお話において、なぜ主観的な痛みがないのに、頸椎からの固有受容性情報に変化が生じてしまうのかというのを説明するときに大切な違いです。WADに見られる筋肉の異常は主観的な痛みが存在していなくても引き起こされる場合があり、またそれは通常の軟部組織が治癒する時間よりも長期間にわたって続く可能性があります。(13)

中枢神経系に起こる変化

近年の研究などでは、中枢神経系が求心性の固有受容性情報を活用して筋骨格系の2つの基準系(1.自己中心的定位(egocentric)2.外部を中心とした(allocentric))を築くということが報告されています。(14)例えば、ひじがどこにあるのかということは、頭と首の位置情報によって決まり、WADを抱える患者さんではその情報が乱されてしまうようです。(15)また、頭の姿勢と肩の位置の関係を能動的、受動的動作中に調べたところ、首に痛みのある人と全くない人の間では大きな違いが出てしまうことも報告されています。(16)つまり外傷や病気などから身体からの固有受容性情報に乱れが生じたとき、中枢神経系にも変化が起こり、外部刺激を捉え方、情報のプロセスにも変化が起こるため、姿勢コントロールにも障害が起きてしまう可能性があるということです。(16)

首からの固有受容性情報の変化だけではなく、腰痛を持っている高齢者の方でも同様に、腰からの固有受容性情報に変化が起こり、直立姿勢に影響を与えていることが報告されています。(15)

結果としてこれらの研究報告から言える事は、WADでは頸椎の関節位置情報にエラーが生じ、頭を正常な位置に保持できなくなってしまいます。これは、WADの患者さんの中でも特に、目眩など症状を抱えている人に、頸椎の関節情報の乱れは大きいようです。また、WADの患者さんでは異なる姿勢に変えて行うような仕事などに問題が起きることも報告されており、WADによる固有受容性情報の乱れが引き起こす、中枢神経系の変化が姿勢コントロールを大きく乱し、様々な行動に支障をきたす恐れがあることがわかってきています。

治療*5

首への外傷などにより侵害受容器が刺激されたことで二次的に起こる、固有受容性情報の変化が、WADの目眩、姿勢の乱れ、バランス感覚の消失などに大きく関わっていることがわかってきています。目眩がなくなるとき、首の痛みも無くなるという、2つの一時的な関連性が報告されていることから(17)、頸椎の侵害受容器の刺激を減らし、固有受容性情報を正常化させることが治療として大切です。また中枢神経系の変化が姿勢コントロールに影響を与え、目眩、バランス感覚などにも影響している事から、中枢神経系に変化を与えるような治療も合理的と言えるでしょう。

現在のところ脊椎矯正(Spinal manipulation)はWADの治療して一般的なもの、広く使用されている治療方法ではありません。しかし脊椎矯正については近年、様々な中枢神経系、関節の生理学的効果が報告されています。(18-22)Carrickは脊椎矯正の前後の盲点の大きさを調べ、固有受容性情報の変化と中枢神経系の変化の関連を提唱しました。(18)脊椎矯正による変化として他にも、求心性情報の変化、痛覚過敏の現象など(“alternations in Group Ia/II afferent input, diminished pain sensitivity, diminished central facilitation and alterations in somatosomatic reflexes”)(19)が報告されています。さらに、脊椎矯正による中枢神経系の内因性、末しょう神経系の鎮痛効果を引き起こし痛みの抑制効果も報告されています。(20)臨床実験では、脊椎矯正によって頸椎の可動域が改善され、痛みの現象につながったものがあります。(21)また、中枢神経系に変化を与えるリハビリとして、Gaze stabilitation exerciseや円滑追跡眼球運動(smooth pursuit eye movement)、衝動性眼球運動、などを利用し乱れた頸椎の構造、前庭神経核によって引き起こされた感覚−運動の不釣り合いを改善させることも有効な治療法かもしれません。(23)

結論

頸椎への外傷は、固有受容性情報の変化を引き起こし、身体の位置感覚を司る中枢神経系にも影響を与えます。この直接の結果として、バランス感覚が乱れてしまうことが多々あります。乱れてしまった頸椎からの固有受容性情報を正常にするため、脊椎矯正がひとつの治療オプションとしてあります。しかし、頸椎とWADの症状の関係について、医療従事者はもっとよく知る必要があると同時に、WADの治療方法として脊椎矯正が有効かについてもっと研究をしていく必要があります。

*1:固有受容性とは筋・腱・迷路などに存在する自己刺激を感じ、知覚神経末端装置によって統御されている知覚。関節の位置関係、関節の動き、位置変化情報などを脳に送る。

*2: The cervicocollic reflex is a cervical reflex that stabilizes the head on the body. Afferent sensory changes caused by changes in neck position, create opposition to that stretch by reflexive contractions of neck muscles. (Ito et al, 1997).

*3: The cervico-ocular reflex consists of eye movements driven by neck proprioceptors.

*4: 外傷などによる侵害刺激を、インパルスとして脳に伝える神経細胞。これが脳に痛みとして知覚される。

*5:むち打ち後に、日本の大多数の”カイロプラクティック”をお勧めするものではありません。脊椎矯正から有益な結果を得られる可能性はありますが、まずは資格ある医療従事者に受診していただく必要があります。またトップページ免責事項をご理解の上、本記事を受け止めていただきますようお願いいたします。

参考文献

  1. Klotzek, A., Carrick FR., Postural Disturbances Associated with Whiplash Injuries to the Cervical Spine., Func Neurol Rehabil Ergon 2012; 2(3):pp.243-250
  2. Peterson B, et al., Cervicocollic reflex: its dynamic properties and interaction with vestibular reflexes. J. Neurophys. 1985; 54(1):90-108
  3. Wyke B. Articular neurology-a review. Physiotherapy 1972;58(3):94-99
  4. Bolton JE. The somatosensory system of the neck and its effects on the central nervous system. JMPT. 1998; 21:553-563.
  5. Mosely GL. Re-conceptualizing pain accoding to Modern Pain Science. Phys. Ther Rev. 2007; 12:169-178
  6. Pederoson, J, et al., Increased concentration of bradykinin in neck muscles increases the static fusimotor drive to muscle spindles in teh neck muscles in cats. Pain. 1997; 70:83-91.
  7. Thumberg J, et al., Influences of the fusimotor-muscle spindle system from chemosensitive nerve endings in cervical facet joints in the cat: possible implications for whiplash induced disorders. Pain. 2001; 91:15-22.
  8. Weerkkody NS, et al., Local subcutaneous and muscle pain impairs detection of passive movements at the human thumb. J. Physiol. 2008; 586:3183-3193.
  9. Matre DA, et al., Effects of localization and intensity of experimental muscle pain on ankle proprioception. Eur. J. Pain. 2002; 6:245-260.
  10. Zanette, G, et al., Modulation of motor excitability after upper limb immobilization. Clin. Neurophys. 2004; 115:1264-1275
  11. Sanes JN., et al., Plasticity and the primary motor cortex, Annu. Rev. Neurosci. 2000; 23: 393-415
  12. Liepert J, et al., Changes of cortical motor area size during immobilization. Electroenceph. Clin. Neurophys. 1995; 97:382-6.
  13. Hardy MA., The biology of scar formation. Phys There. 1989; 69(12):1014-24
  14. Gurfinkel V, Levik I. Reference systems and interpretation of proprioceptive signals. Hum. Physiol. 1998; 24:46-55
  15. Tjell C, Rosenhall U. Smooth pursuit neck torsion test a specific test for WAD. J. whiplash and related disorders. 2002;1(2):9-24
  16. Paulus I, Brumagne S. Altered interpretation of neck proprioceptive signals in persons with sub clinical recurrent neck pain.  J. Rehabil Med. 2008;40:426-432
  17. Treleaven,J et al., Dizziness and unsteadiness following wihplash injure: Characteristic feature and relationship with cervical joint position error. J Rehabil Med. 2003;35(1)36-43
  18. Carrick FR. Changes in brain function after manipulation of the cervical spine. JMPT. 1998;21(4):304.
  19. Pickar J. Neurophysiological effects of spinal manipulation. The Spine Journal. 2002;2:357-71
  20. Schacklock M. Central pain mechanisms: A new horizon in manual therapy. Australian Journal Physiotherapy. 1999;45:83-92
  21. Martienez-Segura R, et al., Immediate effects on neck pain and active range of motion after a single cervical high velocity low-amplitude manipulation in subjects presenting with mechanical neck pain: A randomized controlled trial. JMPT. 2006;29(7)511-17
  22. Carrick FR. Cervical radiculopathy: the diagnosis and treatment of pathomechanics in the cervical spine. JMPT. 1983;6(3)129-37
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Posted on 11/17/2012, in むち打ちによる姿勢外乱(IAFNR報告2), 第3回IAFNR学会参加報告. Bookmark the permalink. Leave a comment.

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